面談が終わると、部屋は急に静かになる。
画面は暗くなり、さっきまで誰かと話していた気配だけが、まだ少し残っている。
いつもなら、その静けさの中で自分を責めていた。
「またうまく話せなかった」
「ちゃんと伝えられなかった」
でも、あの日は少しだけ違った。
緊張しないように。
頭が真っ白にならないように。
ちゃんと話せるように。
できない自分を、なんとか普通に近づけようとしていた。
でも、強くなろうとするほど崩れやすくなっていった。
ある日、ふと思った。
強くならなくていいとしたら?
うまくやれなくてもいいとしたら?
目標を「成功」ではなく、「崩れないこと」に変えたらどうなるだろう。
ずっと握りしめていた前提

私はずっと長い間、自分の「弱さ」を直そうとしてきた。
人前に出ると極度に緊張し、頭が真っ白になってしまう。
だからこそ、「緊張しない自分」を目指して、事前に何度もシミュレーションをして、うまく話せるように努力を重ねてきた。
- ちゃんとやらなきゃいけない
- 相手に迷惑をかけないようにしないと
- しっかり向き合わないと
そう思っていたが、どんなに気合を入れても、私にとって会話や慣れない出来事は「処理負荷」が大きすぎた。
結果として、処理しきれずにフリーズし、そのたびに何度も崩れ続けていた。
転換点

変わらない自分に絶望し、心底疲れ果ててしまったとき、ふと思いきって考え方を変えてみることにした。
「弱さを直す」のをやめよう。
うまく話せるようになる努力も、すべて手放した。
緊張してしまうことや、処理負荷に耐えられない自分を「ダメなもの」として克服するのではなく、いっそ「なくならない前提」として受け入れてみよう。
強くなることを目指すのではなく、「崩れないこと」を目標にする。
この視点の転換から生まれたのが、「崩れない設計」という新しいアプローチだった。
崩れないってどういうこと?

「崩れない設計」と聞くと、どんな時でも完璧にこなせる人のようになることだと思うかもしれない。
しかし、この設計の目的は「うまくやること」ではない。
誰かに勝つことでも、成功することでもない。
一番の目的は、「自己嫌悪を増やさないこと」だ。
人と話をした後、暗くなった画面をみつつ
「ああ、またうまく話せなかった」
「なんで私はこうなんだろう」
と静かに自分を責めてしまう。
パニックになりそうな瞬間が来ることを前提として、事前に「緩衝材」を置く。
仮に崩れそうになっても致命傷にならずに日常へ戻ってこられるようにすること。
それが私のたどり着いた「崩れない」という状態だった。
まとめ

崩れないというのは、うまくできることではなかった。
緊張しないことでも、堂々と話せることでもない。
頭が白くなっても、
言葉に詰まっても、
そのあと、自分を壊さないこと。
静かに呼吸ができていること。
パニックに飲み込まれず、その場に戻ってこられること。
ほんの少しでいい。
日常に戻れる余白が残っていること。
それが、私にとっての「崩れない」だった。
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